「力学療法とともに歩む 」(脊椎のゆがみからくる体のだるさ、偏頭痛、顎関節症、肩こり、腰痛、胸部圧迫感、胃弱、便秘、その他)
力学整体研究所の会員(クライエント)様と関係者様のお一人である匿名希望[男性・30代]様が実際に礒谷療法(礒谷式力学療法)と力学整体を体験・経験された脊椎のゆがみからくる体のだるさや偏頭痛、顎関節症、肩こり、腰痛、胸部圧迫感、胃弱、便秘、その他の整体体験記・闘病記を紹介しているページです。
東京都立川市 匿名希望
東京都立川市 匿名希望 [男性・30代]「力学療法とともに歩む 」(脊椎のゆがみからくる体のだるさ、偏頭痛、顎関節症、肩こり、腰痛、胸部圧迫感、胃弱、便秘、その他)
私が礒谷療法(礒谷式力学療法)と出会い、その恩恵に浴したことについて、若干私の体験を書きたいと思います。
私は小学生の頃から胃腸が弱く、小学6年生の頃まで夜尿症が治らなかったのを覚えています。
また、学校で担任の先生から、「姿勢が悪い」とよく注意されたことを覚えています。
中学生時代、高校生時代を通しては、てんかんの発作に悩まされました。
また、この頃から痔も悪化していました。
大学2年の時、20歳の時ですが、峠の山道を自転車で走っている時、誤ってガードレールに突っ込んでしまい腰を打ちました。
その後、21歳の頃になると、急に体の不調を覚えはじめました。
体に一部感覚がなくなり、始終だるく、特に胸部に圧迫感を強く覚え始めました。
また、左の顎関節症が開きにくくなりました。
この頃には、もう体の歪みを自覚しておりました。
その後も体の歪みはひどくなり、食べ物が食道を通過しにくくなり、声がかすれ、左眼まぶたが始終けいれんするという状態が日常化しておりました。
私は、自分の体を少しでも良くしようと、いろいろな治療法を試みました。
整形外科は数カ所まわりました。
しかし、電気治療や湿布療法ばかりに終始しました。
整形外科は対症療法のみで、患部の痛みには有効ですが、自分の体が歪んでいることを自覚していた私は、すぐに見切りをつけました。
体の歪みを自覚していた私は、次に整体を試してみました。
私の通った整体治療院は、電気治療、牽引治療、治療師の手技による整体、ローリングベッド等、いろいろと治療上の工夫をされている熱心な治療院でした。
整体は非常に有効でした。
手技による整体で体の歪みを正し、電気治療で筋肉のこわばりをとり、ローリングベッド等で背骨全体の歪みをとる。
この治療を受けた後は、体がすっきりしました。
しかし、その効力は、中1日しか持続しませんでした。
私は週3日、この治療院に通いましたが、結局治りませんでした。
その後、東京にある有名なカイロプラクティック治療院に通ったこともありました。
実力派カイロ師S先生という非常に高名なカイロプラクターの方がやられている治療院でした。
カイロプラクティックは、劇的な効果がありました。
しかし、効果が劇的過ぎました。
はじめてS先生に背骨を矯正してもらい、私は宿へ引きあげました。
そして、その夜、私は背骨全体がきしるような激痛と、下痢、嘔吐に襲われました。
一晩中、その症状に苦しみました。
私は、翌々日、S先生の所へもう一度出かけ、事情を話し、再度矯正してもらいました。
S先生は、「時々、カイロの矯正に非常に敏感に反応する患者さんのケースがある」と言われました。
私は、カイロが恐くなり、通わなくなりました。
その他にも、骨盤調整法(バラコン体操)にも通いましたが、私の体に根本から効果のある治療法は見つけられませんでした。
そうこうするうちに、5年近くの歳月が過ぎ、私も26歳になっておりました。
不調の体を抱え、働くこともできず、うつうつと毎日生きているだけでした。
そんな折、スポーツ報知の健康欄で、礒谷療法(礒谷式力学療法)に関する紹介の記事が出ておりました。
その記事の中では、背骨が曲がるメカニズムと、その対策が具体的に記されていました。
私はその記事を読んで、「これは使えるかもしれない」と直感的に思いました。
私は早速、その記事に出ているように、脚を縛って眠り、屈伸体操をするということを実行しました。
その実践の中で、この治療法への手応えを確信していきました。
善は急げで、私は早速上京して礒谷式力学療法東京総本部へ行きました。
そして、そこで一連の矯正治療を受け、礒谷療法(礒谷式力学療法)の基本、膝抱え、お辞儀、矯正動作について教わりました。
一連の矯正治療を受け、礒谷式力学療法東京総本部の治療院内で屈伸運動をすると、体が軽くなり、具合が良くなることをこの時発見しました。
また、頑固でどうしても良くならなかった顎関節症が、この時の施術で軽快しました。
開きにくくなっていた顎がスムーズに開くのです。
これには私も驚き、この治療法への信頼の度を深めることになりました。
私は、東京から戻ると、自分で礒谷療法(礒谷式力学療法)の膝抱え、お辞儀、矯正動作、屈伸体操を実践しながら上京をする準備をしました。
そして、平成4年の5月に上京し、中野に下宿してながら、礒谷療法に通いました。
この治療法では、最初のうちに集中的に治療に通い、体をつくり直すことが大切です。
また、お辞儀、膝抱え、矯正動作、屈伸体操、普段の日常生活の中での姿勢は、基本通りにしっかりやる必要があると思います。
これら1つ1つをおろそかにできません。これら1つ1つをしっかりできるようになり、全体が1つのまとまりとして実践できるようになれば、悪い体は必ず軽快すると思います。
全快はかなり難しいかもしれません。
私の体は、最初LO型でした。
症状としては、便秘、胃弱、肩こり、脊椎のゆがみからくる体のだるさ、顎関節症、胸部圧迫感、偏頭痛、腰痛、その他がありました。
この治療法を始めて、私の体はかなり良くなりました。
顎関節症も生活上、全く気にならないレベルに治りました。
一番大きいのは、脊椎のゆがみが小さくなったため、肩こり、首のこり、偏頭痛というものが、自覚しないレベルまで治ったことだと思います。
何か激しい運動をして、股関節が開いてしまえば、肩こり等は今でも直ぐに発生します。
しかし、そのような場合でも、今ではお辞儀、膝抱え、屈伸という方法で、直ぐに矯正してしまうようにしています。
私は症状的にはかなり悪い方です。
体の歪みがしつこいのです。
そんな私も、今は働きながら日常生活を送っています。
それは全て礒谷療法(礒谷式力学療法)を実践したからなのです。
礒谷療法は、自分で治す治療法です。頑張れば頑張っただけ良くなると思います。
但し、1年で良くなるとか、3年やれば完治するとか、そういう考え方は正しくないと思います。
私も4年近くこの治療を続けていますが、完治はしておりません。
礒谷療法を通じて、自分の体の調子を管理する。そういう心境に達しました。
実践すれば必ず良くなると確信しています。
では皆さん頑張りましょう。
(1994年記)
【その後】
匿名希望様は、その後、2004年(平成16年)5月10日に力学整体研究所へ来院されました。
以来、定期的に通院されています(2018年・平成30年現在)。
来院当初は通院間隔が短く通院頻度も多かったのですが、数年前から通院間隔と通院頻度は1カ月以上空くことができるようになっています。(2013年時点)
来所時から力学整体の観点から礒谷療法(礒谷式力学療法)の矯正のし過ぎで脚型が変わってしまっていたので、股関節矯正の角度を変えたほうが良いことを進言しました。
ところが、礒谷療法(礒谷式力学療法)の理論を信奉していたため、当方のアドバイスをなかなか聞き入れていただけませんでした。
2004年(平成16年)5月10日の初回の来所時のLO型から同年10月28日にLX型へ角度を変更するものの、11月13日には元の角度のLO型に戻してしまいます。
同年11月22日には角度をLX型に変更するものの、翌年の2005年(平成17年)1月14日にはまたしても元の角度に近いLOS型に戻し、2月21日には元の脚型であるLO型へと戻してしまいます。
同年3月4日に角度をLX型に変更するも、3月14日にはまたLO型へ角度を戻してしまいます。
結局、当方の指示するLX型に角度を変更できたのは2005年(平成17年)5月17日でした。
初回の来所時から約1年間ほどかかって、ようやく当方のアドバイスを受け入れてくださり、股関節矯正の角度を変えることになりました。
2008年(平成20年)12月29日には脚型の角度をRX型に変更し、2009年(平成21年)4月3日にはLX型へ変更し、4月17日にはLXS型へと変更しています。
2013年(平成25年)8月13日には脚型の角度をRX型に変更して現在(2018年・平成30年)まで同じ脚型の角度で施術を行っています。
脚型の変更の経緯は、大雑把にLO型→LX型→RX型という経過をたどって推移して来ています。
それ以降、通院間隔は短くなり通院頻度も少なくなっています。
その後、2015年(平成27年)1月7日から真剣に取り組むようになって、現在(2018年・平成30年)は1~2週間に1度の通院間隔と通院頻度となっています。
【補足説明】
東京都立川市の匿名希望さんがこの手記を書かれた当時の年齢は28歳前後でしたが、現在(2018年・平成30年)では50代になっています。
東京都立川市へ引っ越す前は東京都・中野区に住んでいました。
代表が東京・中野の礒谷式力学療法総本部に在籍していた時に患者さんとして来院し、代表とは比較的年齢が近いこと、代表が住んでいる場所から近い住居に住んでいたことなどから代表とは親しくなりました。
礒谷式力学療法総本部へ通院していた時の矯正治療は主に菊池秀男先生に担当していただいていました。
菊池秀男先生が礒谷式力学療法総本部を退職された後は、菊池秀男先生が東京都中野区上高田で独立・開業した「上高田治療室」という治療院へ通院していました。
その後、東京都立川市から兵庫県姫路市に帰郷してからは力学整体研究所へ通所しています。